きのこが趣味だとはいっても、たかだか10年。
オートバイは30年。
それに比べて、私がもっとも長く愛しているのは、バッハである。
12歳だった中学生のとき、たまたまラジオから流れてきた美しい音楽があった。私の琴線を弾いたその音楽は、グレン・グールドというカナダのピアニストが弾く平均律クラヴィーア曲集第1巻の一曲だった。その一曲をきっかけに、ひたすらバッハを聴き続けて40年以上ということになる。
40年の間に主義主張やライフスタイルは時代のなかで変化したのだが、唯一、バッハが好きだということだけは変わっていない。
クラシック音楽などとは無縁の家庭環境にあったのだが、おそらく、これは持って生まれたものだと思う。
バッハが好きだが、そのなかでもやはりグールドの弾くバッハがいちばん好きだ。
当時、お金のない少年にとって、レコードを買うというのは、大変な行為だった。それでも、グールドが新しいアルバムを出すたびに購入した。エキセントリックに弾いたモーツアルトのピアノ・ソナタ、ブラームスの耽溺的な演奏、難解なシェーンベルクなどなど、グールドは新しい顔を見せてくれたが、やはりグールドはバッハ弾きだと思う。
グールドの弾くバッハの鍵盤曲のなかでも好きなのは、フランス組曲、イギリス組曲、パルティータ、平均律クラヴィーア曲集。なかでも愛してやまないのは、間違いなくゴルトベルク変奏曲。
楽曲の説明はあえてしないが、レコードの時代からCDになりビデオも出たグールドが弾くバッハの不朽の傑作を、いったい何度、聴いたことがあるのだろうか。
何年も、この曲を聴きながら毎夜寝付いていた時代があるので、おそらくは2000回は超えているのではないかと思う。
それほど聴いても飽きたという感情を持ったことがない不思議な作品だ。
アリアで始まり、同じアリアで終わるという構成もあり、無限に続くループのような音楽だ。
終わりは始まりであり、始まりは終わり。
この曲を聴く度に、音楽とは言葉や人間の感情を超えた想念なのだと思う。
グールドの手によるこの変奏曲は、多くの人に愛され続けている。映画「羊たちの沈黙」のレクター博士が繰り返し聴いていたのも、グールドが弾くこの曲だった。
グレン・グールドというピアニストは82年10月4日、50歳で死去。
同時代に生きられたことを真に幸せに思っている。
Comments