聴くのが好きだったら、やはり弾きたくなる。大学時代は、ギターでバッハに挑戦していた。当時、無伴奏チェロ組曲の全曲をギター用に編曲していた楽譜があり、もっぱらそればかり弾いていた。
ギターで弾いてはいたが、所詮オリジナルはチェロ用の曲、偽物だという思いは捨て切れなかった。
本当に弾きたいのは、本当に好きな音楽。バッハの鍵盤曲である。超絶技巧を必要とするゴルトベルク変奏曲なんて雲の上。フランス組曲の中の大好きな曲。第1番のグールドが楽譜より1オクターブ高い音で弾いた、ニ短調のメヌエットなど小曲でいいから弾きたいという思いは強くあった。
そして、27歳頃、突如、ピアノを習い始めた。どこで知ったか覚えていないが、ハスキーボイスの30代のちょっと陰のある女性教師に習い始めた。
「バッハのインベンションを弾けるようになりたい」と先生には伝えた。
ピアノの先生の所には、当時乗っていたスズキのGS400というバイクで通った。
おきまりのバイエルに併用して、ハノン、バーナムのピアノ・テクニックという教本が先生が与えてくれた教材だ。
自分なりに一生懸命にやった。
バイエルも終盤にさしかかった時に、先生に「こういうつまらない曲はもう弾きたくない」といった。
それからバッハの小曲がメインの教材となった。バッハ、ハノン、バーナムである。
そして、先生は、もうひとつ教材を私に与えた。バルトークのミクロコスモス。ハンガリーの作曲家バルトーク・ベラが息子のために作曲したピアノのための練習曲集である。
バッハ、ハノン、バーナムはなんとかなった。問題は、ミクロコスモスである。譜面はやさしい。しかし、これを弾くのは、子ども時代に音楽教育を受けて来なかった私にとっては、至難の業だった。
極めて平易な譜面でシンプルな構成だが、独特のリズム感があった。数少ない音のなかに、美しい響きがと新しさがあった。弾く度に感動したが、むずかしかった。
毎度、高い要求を突きつけられ、私なりにがんばって課題をクリアしてきたのだが、仕事も忙しくなり、1年ほどして、応えられなくなった。右手と左手の独立性を養うには、ミクロコスモスは素晴らしい教材だと思うが、私の能力を超えていた。
そして、ジ・エンド。
バッハの小曲が弾けるようにはなったが、ピアノ生徒としての時代は終わった。
< 続く>
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